はじまりは下らないことだった。


貰った雑誌を見てた旦那が加藤ローサと木村カエラだったらどっち好きだ?なんて聞くから「カエラ」って答えたら「え!ローサだろう!」とかいいはじめて、「え、やっぱイギリスの血でしょ」「ローサは愛の国イタリアーノの血なんだ!ラブだぞ!」「い、意味がわかんないんだけど」「ホント佐助の趣味わからんな!」「その言葉そっくりかえすよ!」とかとりとめなくいつもの調子で続いて、「俺は佐助なんかいなくても平気だ!」「俺だって旦那なんか知らない」「佐助のアホ!」「なに、旦那はいっつもそうやって大袈裟にわめくだけじゃん、そこに理由も意味もないカスッカスなわめき立てだけじゃん。旦那はただ騒ぎたいだけなんでしょ、ホント迷惑な奴」「迷惑って…」「迷惑なんだよ、旦那は」

俺がいつものなにげない調子でそう言うと、いままでぴーぴーわめいてた旦那の表情は一変して真面目になる。そして、俺が聞いたことない、それは旦那じゃないような、声で言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「佐助は、ずっとそういう目で俺を見てたんだな。」

 

 

 

 

 

 

 


そこにはいつもの親しみや、軽さはなくて、俺はなにも言えず、「帰る」と言った旦那を追い掛けることもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 



当たり前の日々に

旦那は恐かった。
普段あんなアホだから、忘れてたけど、怒った旦那はホント怖い。仕事では普段とかわりなく俺に接してきて、仕事が終わってオフモードにはいると一切喋ろうとも、目をあわせようともしない。
オーラがありえないくらい刺々しい。触ったら血が出てしまいそうで、傷つくだけじゃすまなそうで、俺も俺で旦那に話し掛けられない。
こんな、話さないこと、あっただろうか。いつの間にか旦那はいつだって俺の隣にいて、どうでもいいことばっかはなして、どうでもいいことばっか言ってきて、当たり前の存在になってて…
ふと、俺は旦那がいないとダメなことに気がつく。いや、ホントは薄々ってゆーか結構はっきり気付いてたんだけど。そのくせ、それを認めるのが嫌なんだ。ホントに旦那がいなくなったとき、このままじゃ俺はダメだっていうアレ…がある。あんなこと言うべきじゃなかった。
ってゆーか、いままでこんな無視されることがなかった。あの悪口の言い合いはただの軽口の応酬で、それは俺と旦那の間に信頼とか、なんかそういうのがあるからできることで、ホントに憎いとか死ね!とか思ってるわけじゃない。それは当たり前だったのに、俺が、俺の一言がその信頼を崩した。ルール違反だった。俺は旦那の悲しみやむかつきのスイッチを押してしまった。
人にはその人にしかわからない、嫌な言葉がある。傷つく言葉がある。それはその人の血や肉からうまれ、脳や心で反応する。それは確かにわからないものだけど、思いやって気付くべき性質のものなんだ。体力や地位や余裕や、とにかくそういったものが正常に機能している間は。



溜息。
旦那と話さなくなってそこでもう、3日が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



(影が伸びて、水面でゆらゆら揺れています。オレンジ色の光は海をも染めていきます。こんなに優しい世界を初めて知りました。こんなに平和な世界が存在することを理解しました。浜辺でサンダルをぬぐと、足のうらにやわらかい、サラサラとした感触を覚えます。日焼けした肌に触れます。そこは太陽の熱を遺し、触れると少し痛みました。だけど、あなたに触れられた場所から優しい痛みがじわじわ、広がっていきました。それは心地良い痛みでした。永遠に享受したい痛みでした。その痛みは、痛みは、おそらく、愛、と呼ばれるもの、でした。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はなはだしい靡爛臭が漂うような気がした。空は雲一つなく、晴れてるのに、俺をとりまく空気はそんなさわやかさとは無縁のとこにあった。今日も旦那は一切俺を見ようとしない。もう、仕方ないことかもなんて諦めさせるくらい、旦那は徹底してた。怒らせるとこわい、なんて生易しいもんじゃない。旦那は旦那の世界から俺を抹殺しようとしてんだ。


好き過ぎたせいだ。


愛情を抱きすぎたせいだ。


愛と憎しみが紙一重だと言われるのは正しい。好きだから許せないことがあるし、好きだから許せることもある。好きだから時間が必要な時があるし、好きだから時間なんか関係ない時もある。つまり、言えるのはタイミングと適切性と、多分信用。

だから俺はもうタイミングを逃さない。
俺はもう旦那を悲しませるわけにはいかない。

 

前を歩く旦那の肩をつかむ。

 

 

 

 

 

 





旦那。なんだ。話したいんだけど。話すことなんかない。俺はあんの。話したくない、佐助と、俺は。俺は話したい。嫌だ。じゃあ聞いて、聞くだけ聞いて。いやだ、そうやっていっつも佐助は一方的だ、いっつも。なにそれ…。俺のことどうでもいいんだろう、それでいい、もう、佐助なんか知らん。待ってって、旦那だって一方的じゃんか。もういやだ、俺ばっか、佐助を好きすぎていやだ、なのに伝わらないのもいやだ、迷惑に思われるのも…いやなんだ、もう、悲しくて苦しくなるしどうしたらいいかわからないんだ。旦那…それはホントごめん、俺が言い過ぎた。ちがう、佐助、言い過ぎたんじゃない、それが佐助の本心なんだ、佐助はやっぱ俺が迷惑で、そう無意識にでも思っていたんだ。ちがうって…ホントごめん。ちがくない、佐助、気持ちがなければ、言葉は生まれないんだ。

 

 

 

 

 

 



「俺は、佐助が好きだ。でも、迷惑にはなりたくない。」

旦那はゆっくり、俺の手を自分の肩から外す。
触れた旦那の指先は驚くほど、つめたかった。


「ねぇ…旦那、迷惑じゃないから…つか、俺、旦那がいなきゃだめなんだって」
「知ってる」
「それなら…」
「だけど、今、俺は、佐助の顔をみるのも嫌なんだ。」
「旦那…」
「むかつくし、イラッとするし、殴りたくなる。」
「…それで旦那の気がすむなら、してくれていいよ」



旦那は黙って俺の正面に立つ。俺は旦那をみる。その目は深いブラウンで、懐かしい光をもってた。旦那の手がゆっくり、拳をつくる。俺は覚悟をきめて目を伏せた。てか殴られるのは別にいいんだけど、それで旦那はまた普段通りになるとは言ってないよね…え、そしたら俺殴られ損じゃん!で、でも今更…いや、でも、とか頭はグルグル。なのに旦那は一向に殴る気配はない。え、なに、とか思う。静かだけど、静かななかには静かだってゆー音があって、その音は俺のあせりをさらに煽る。

 

でもいきなり、

 

 

 




「…っぷはぁ!あはははっ!!!」

 



笑い声。

 

 

 



「…は?」


目線をあげると、旦那は顔真っ赤にして腹かかえて笑ってる。は?え?なに?今のむっちゃ胃が痛くなる空気はなに?わけわかんない、意味わかんない!

 



「わはははは!!!さ、佐助、なんでそんな真面目なんだ!」
「は?」
「ひーどうしよう、うれしいぞ、佐助が…あーも〜っ!恥ずかしい〜」
「ちょ、な、え?」



旦那はにじんだ涙をふきながら「もう全然怒ってないぞ」と言った。



「ちょっ…!」
「も〜俺はちっとも怒ってないぞ」
「さ、さっきまで人殺しそうな勢いで切れてたでしょ!おい!」
「いや〜佐助があやまってくるとは思わなかったから、つい」
「つ、つい!?なにそれ!」


「俺、ホントは意地悪なんだ、知ってたか?」


「知らないよ…」


「そうだろうな」

 


ハハっ、と旦那は笑った。
いつもみたいに、笑った。

むかついたから、ガッ、と旦那を引き寄せて頭突きしてやった。「ひ、ひどい!さっきまであんなしおらしかったくせに!」「しるか!」「それにしても佐助、ホントに俺のことが好きなんだな!ちょっと感動したぞ!」「黙れ!」なんて、もういつもの旦那で、その笑顔とか、話し掛けてくる声とか、たまに触れる指先とか、当たり前にあるものを当たり前だと感じると、俺はちょっと、ホントちょっとだけだけど、泣きそうになった。「あ、佐助涙目だぞ〜そんなに仲直りしたのうれしいのか?可愛いなぁ」「ちがうよ!」「またまた〜!」旦那がきゃらきゃら笑う。ちがう!って否定しまくってたら、ポロッと涙が一粒。


「あ、佐助を泣かせてしまった」
「泣いてないって!!」


旦那の細くて長い指が頬を撫でた。

その指先はいつのまにか当たり前のように暖かみを帯びていた。

 

に々日の前りた当

 

 

20070817

 

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